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盛岡地方裁判所 昭和58年(ワ)52号 判決 1985年7月26日

原告

中村喜代志

原告

古関信男

原告

川村明夫

右原告三名訴訟代理人弁護士

沢藤統一郎

被告

盛岡市農業協同組合

右代表者理事

佐藤作之亟

右訴訟代理人弁護士

大沢三郎

主文

一  原告らが、いずれも被告の従業員としての権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、昭和五八年一月以降毎月二一日限り、原告中村喜代志に対し金一七万七三四二円、原告古関信男に対し金一三万五二〇三円、原告川村明夫に対し金一五万八四二一円の割合による各金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文と同旨

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(当事者)

1 被告は、農業協同組合法に基づき設立され、組合員は三九三一人(正組合員三〇六三人、準組合員八六八人)、払い込み出資総額四億三二万三〇〇〇円を有し、金融・共済・販売等広範な事業を営む農業協同組合であり、訴外有限会社エーコープ店(以下、単にエーコープ店という。)は、青果物、肉類、魚類、日用雑貨等の販売を主たる目的として、昭和五三年九月一八日に設立された有限会社である。

2 原告らは、いずれも昭和五七年一二月三一日まで形式上エーコープ店との間に労働契約を締結していた労働者であり、岩手県下の農業協同組合従業員で組織する岩手県農業協同組合労働組合(以下、農協労組という。)上堂店分会の組合員である。

3 原告らが、右労働契約を締結した経緯は、次のとおりである。

(一) 原告川村明夫

原告川村明夫(以下、原告川村という。)は、昭和四八年三月高校卒業後直ちに岩手イセキ販売株式会社に就職し、営業担当社員として六年間勤務した。しかし、昭和五三年七月上司の紹介で被告の事務所で被告理事生活部長中村政之助による面接採用試験を受け、八月三日から出勤するようにとの採用通知を受けた。その結果、被告の正規職員として採用決定を受けたと理解した同原告は、同年七月末日で岩手イセキ販売を退職し、同年八月三日被告本部事務所に出勤したところ、被告の直営店舗である本宮店で勤務するよう指示を受け、同月八日まで同店で勤務し、翌九日から被告直営店舗の上堂店(後のエーコープ店)での勤務を命じられた。当時上堂店は開店準備中で、翌一〇日が開店の日であった。したがって、同原告は被告職員として採用になったものと考えていたところ、エーコープ店から同原告に対し同年九月一八日付採用の辞令交付が昭和五三年一〇月二日付をもってなされたものとして扱われていたことが後日判明した。しかし、前記のとおり、上堂店開設当時、エーコープ店は未設立であり、存在しない会社に同原告が採用されることはありえないことであって、労働契約締結の相手方は被告以外ありえないものである。

(二) 原告中村喜代志

原告中村喜代志(以下、原告中村という。)も、事情は原告川村と同様で、エーコープ店設立以前に被告と労働契約を締結したものである。

(三) 原告古関信男

原告古関信男(以下、原告古関という。)は、エーコープ店設立以後に労働契約を締結したが、契約の相手方は、後記のとおり形骸にすぎないエーコープ店ではなく、その背後にある実体としての被告である。

(解雇の意思表示)

エーコープ店は、昭和五七年一二月九日原告らに対し、同月末日をもって解雇する旨通告し、同月末日に解散決議をなし、翌日以後原告らの労務の受領を拒否している。

(本件解雇の無効)

1 本件解雇の意思表示は、被告及び被告の意を受けたエーコープ店において原告らの労働組合加入を嫌悪し、原告らを被告の営業から排斥し農協労組の影響力を縮小しようとの動機からなされたものに他ならず、不当労働行為として無効である。すなわち、

(一) エーコープ店は、後記のように、形式上は被告と別人格の法人となっているが、その実体は被告の一営業部門にすぎない。

被告がエーコープ店をあえて独立した一法人とする形式をとらせたのは、被告の従業員で組織する農協労組盛岡市分会の活動を排除し、労組のない店舗経営をもくろんだからである。

(二) 被告の思惑どおり、エーコープ店開設当時はここに労働組合はなかったが、昭和五七年三月五日原告らエーコープ店に勤務する従業員四名(常勤者全員)が農協労組に加盟し上堂店分会を結成した。これに対し、エーコープ店は原告らの組合加入を妨害する支配介入行為をなしたため、農協労組は岩手県地方労働委員会に不当労働行為救済の申し立て(岩労委五七年第三号)をしたところ、同年八月四日エーコープ店側が支配介入の事実を認めこれを陳謝する旨申し入れたので、右内容による和解が成立した。

(三) 右不当労働行為事件解決後の最初の労働組合の闘争として、上堂店分会が年末一時金要求闘争に取り組んだ矢先の同年一二月三日、一時金をテーマとする団体交渉の席上突如として会社側から「年内に店を閉鎖する」旨の通告がなされ、同月九日前記解雇予告に至ったものである。

(四) 以上のとおり、エーコープ店及びその背後にある被告において、原告らの労働組合活動を嫌悪し、これを排除する違法な目的のもとに会社解散、店舗閉鎖の形で全員を解雇したものであるから、本件解雇は不当労働行為として無効である。

2 仮に本件解雇が不当労働行為に当らないとしても、解雇の正当事由を欠くものとして無効である。

解雇が一方的に労働契約を破棄し、労働者の生存の基盤を剥奪するものである以上、恣意的な解雇が許されるはずはなく、解雇の有効要件として正当事由が要求されることは当然である。しかし、不当労働行為たる動機を除けば、本件解雇には何ら正当な解雇事由は存在しない。

(一) 被告及びエーコープ店が主張する解雇事由は、店舗経営が経済的に成り立たず閉鎖も止むを得ないという点につきる。

しかし、エーコープ店の営業は、設立当初から赤字覚悟で長期的展望のもとに採算を考慮していたものであり、しかも当初の展望どおり業績は上昇の機運にあって、最近の決算において黒字に転換するに至っているのである。

すなわち、エーコープ店の各年度の収支状況は、次のとおりである。

初年度(昭和五四年一月末日決算) 六四〇万円の赤字

二年度(昭和五五年一月末日決算) 三〇〇万円の赤字

三年度(昭和五六年一月末日決算) 三三万円の赤字

四年度(昭和五七年一月末日決算) 一万円の黒字

このようにようやく黒字に転じ、しかも店舗の立地条件からも今後の発展が十分期待できた店舗を閉鎖しなければならない必然性は、不当労働行為たる動機を除けば、全くなかったというべきである。

(二) 仮にエーコープ店の閉鎖が止むを得ないとの事情が真に存したとしても、エーコープ店の実体たる被告は他にも同様の店舗を多数もち他の職場も多数有するのであるから、エーコープ店の閉鎖による剰員を他に配置して使用することは十分可能であり、店舗閉鎖をもって解雇の正当事由とすることはできない。

(被告の責任)

1 直接の労働契約の存在

前記原告らの労働契約締結の経緯から明らかなように、原告らが労働契約を締結した相手方は被告であるから、本件解雇の無効によって原告らと被告間に直接の労働契約が存在するものというべきである。

2 エーコープ店の法人格否認

仮に原被告間に直接の労働契約の存在を認めることができないとしても、法人格否認の法理により、被告は原告らに対して労働契約上の義務を負わなければならない。

(一) エーコープ店の形骸性

エーコープ店は、形式上は被告と別人格の法人となっているが、その実体は被告の一営業部門にすぎず、その法人格は以下のとおり全く形骸化していたものである。

(1) エーコープ店は、昭和五三年九月一八日に設立登記されているが、定款によれば、同社の出資一口の金額は一万円、資本の総額は三〇万円であり、これを社員三〇人が各一口ずつ出資している。

右設立当初の社員三〇人のうち、定款六条に掲記の佐藤作之亟以下越場忠までの二〇名は被告の当時の理事の全員を序列の順に並べたものであり、それ以下に名を連ねる者はいずれも被告の当時の監事、参事、及び総務・金融・業務・生活各部長である。つまり、当時の被告の役員と部長以上の幹部職員全員がそっくりエーコープ店の社員となったものである。そして、代表取締役には被告の組合長である佐藤作之亟が就任した。

右社員で発足したエーコープ店は、昭和五四年三月二六日に持分二九口を被告が取得し、残る一口を藤村徳兵衛が取得するに至った。藤村は当時被告の専務理事であって組合長に次ぐ地位にあり、常勤役員としては最高職にあった。次いで、昭和五七年三月被告の専務理事が右藤村から越場忠に交代になると、藤村の持分も越場に譲渡された。

また、被告とエーコープ店の役員登記を比較すれば明らかなとおり、エーコープ店の役員は例外なく被告の役員が兼任し、被告に理事の交代があればエーコープ店においても取締役が交代になり、被告の監事に交代があればエーコープ店の監査役の交代がなされてきた。

つまるところ、エーコープ店は被告を出資者とする一人会社に他ならないのである。

(2) エーコープ店の登記簿上の本店所在地は被告の主たる事務所と同一であり、エーコープ店運営の事務はすべて被告事務所で行われていた。

エーコープ店には独自の総務・労務部門はなく、同店従業員の給与計算も被告の担当課がこれを行い、給与明細書も被告名の入った同一のものが使用されており、原告らエーコープ店勤務者に対しても、被告生活部長から直接に労務指揮がなされ、他の被告直営店勤務者と一緒の販売促進会議に出席を命じられるなども当然のこととされていた。

また、エーコープ店は独自の財産を有さず、手形振り出しをすることもなく、当座に限らず一切の銀行預金口座を有しておらず、毎日の売上金は被告がすべて直接回収する仕組でエーコープ店が金銭管理を行うことはなかった。したがって、エーコープ店の仕入れや決済はすべて被告がこれを行い、当然のこととしてエーコープ店の運転資金も全額被告が支出していた。

さらに、エーコープ店の取り扱い商品は「Aコープ」マーク(全農ブランドマーク)商品を主とするもので、その商号とともに被告経営を明示するものであって、被告の信用を離れてエーコープ店独自の信用はない。

エーコープ店店長・副店長もいずれも被告からの出向者であって、結局業務・労務全般につき、エーコープ店には何らの決定権限もなく、すべては被告の決定するところに従って運営されていたものである。

(3) エーコープ店閉鎖の指示をしたのも被告である。すなわち、被告内に設置された経営刷新委員会の中間答申(昭和五七年一一月二五日付)がエーコープ店の存続に言及し、これに従う形で解散決議がなされているのであって、要するにエーコープ店は被告の都合によって設立され、被告の都合によって消滅させられた法人格にすぎないのである。

(二) 法人格の濫用

(1) 被告が、その実体において被告の一営業部門にすぎないエーコープ店をあえて独立した一法人とする形式をとらせたのは、前記のとおり、被告の従業員で組織する農協労組盛岡市分会の活動を排除し、労組のない店舗経営をもくろんだからである。エーコープ店及びその背後にある被告において、原告らの労働組合活動を嫌悪し、これを排除する違法な目的のもとに会社制度を悪用し、形式的な別法人を設立してこれを運営し、当初の目的が達成されているうちは別法人による経営を維持しながら、前記(本件解雇の無効)1のように、その職員らが労働組合に加入しその阻止が不可能となるや会社解散、店舗閉鎖の形で全員を解雇したものである。

また前記(本件解雇の無効)2(一)のとおり、エーコープ店の経営が黒字に転じたにもかかわらず、被告が性急に同店を閉鎖しなければならなかった理由は、不当労働行為たる動機以外考えられないというべきである。

(2) 被告がエーコープ店を開設する契機となったのは、盛岡市上堂地区土地区画整理組合の組合長から同地区内の宅地取得者の利便のためにスーパーマーケットの開設経営を要望されたからであった。当時被告はすでに直営店舗六店を経営しており、上堂店は七番目の直営店舗となるはずであった。

しかし、同地区はいわゆる員外地区であって、上堂店開設後は被告の非組合員の施設利用が専らとなると考えられ、農業協同組合法一〇条に規定する農協施設に関する組合員外利用禁止条項に牴触する畏れがあり、しかも直営店舗では日曜開店や閉店時間の延長が農協労組の反対で困難であったため、形式上別会社を設立し農協労組非加入の労働者を雇用すれば、右の難点を回避することができるものとしてエーコープ店が設立されたものである。

したがって、エーコープ店は、被告の意思によって、本来被告自身が経営主体であるものを形式上隠蔽し、かつ法を潜脱して不当労働行為をなすために設立されたものに他ならない。

(3) このように本件においては、エーコープ店設立時に不当労働行為意思をもってする法人格の濫用があり、さらにその閉鎖の動機も労働組合排除の意思をもってなされたもので、法人格の濫用は二重になされているのであって、これが法人格否認の対象たることは自明である。

(三) 以上のとおり、エーコープ店の存在は形骸にすぎず、かつ、その会社形態は違法な目的のために濫用されたものであるから、本件解雇の無効により直接にはエーコープ店が有する責任は、法人格否認の法理に基づきエーコープ店の背後にある実体としての被告がすべてこれを負わなければならない。

(賃金)

本件解雇前三カ月間の原告らの平均賃金は、次のとおりである。

中村喜代志 一七万七三四三円

川村明夫 一五万八四二一円

古関信男 一三万五二〇三円

被告における賃金支払日は毎月二一日であるから、結局原告らは、昭和五八年一月以降毎月二一日限り、右金員の支払いを受ける権利がある。

よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

(当事者)

1 1項は認める。

2 2項のうち、原告らとエーコープ店の労働契約が形式上のものであったとの点は否認し、その余は認める。

3 3項は否認する。

原告中村及び原告川村は、昭和五三年九月一八日のエーコープ店設立時に、原告古関は昭和五六年一一月一日に、それぞれエーコープ店に採用になったもので、原告らに対しては右各同日付でその旨の辞令が交付されている。

(解雇の意思表示)

解散決議が一二月三一日になされたとの点は否認し、その余は認める。但し、昭和五八年一月一日以降原告らから労務の提供はなされていない。

解散決議がなされたのは、一二月八日の臨時社員総会においてである。

(本件解雇の無効)

1 1項のうち、(二)のエーコープ店の従業員四名が農協労組に加入し上堂店分会を結成したこと、原告ら主張の救済申し立てがなされ和解が成立したこと、及び(三)の会社閉鎖の通知をしたこと、原告らに対し解雇予告をしたことは認め、その余は否認する。

2 2項のうち、(一)のエーコープ店の各年度の収支状況は認める(但し、三年度の赤字は三一万余円である。)が、その余は否認する。

(被告の責任)

1 1項は否認する。

被告と原告らとは当初より労働契約関係にはない。原告らは、前記のとおりエーコープ店により設立時またはその後に雇用され、同店と労働契約関係を有し、同店において業務を担当遂行し、被告とは全く交流、関係をもったことがなかったのであるから、同店とは全く別法人である被告と雇用関係をもついわれはない。

2 2項(一)(1)のうち、前三段の事実は認め、後二段の事実は否認する。

同項(一)(2)のうち、エーコープ店の本店所在地が被告の主たる事務所の所在地と同一であることは認めるが、同店の本店は当初店舗所在地である盛岡市上堂三丁目八番四三号に置かれていたものを昭和五四年五月七日現在地に移転したものである。

また、エーコープ店従業員の給与計算は被告の担当課がおこなっていたこと、同店の売上金は被告が直接回収し、運転資金も被告が支出していたことは認めるが、その余は否認する。

同項(一)(3)は否認する。

3 2項(一)(1)は否認する。

同項(二)(2)のうち、前段は認めるが、その余は否認する。

同項(二)(3)は争う。

4 2項(三)は争う。

(賃金)

原告らの本件解雇前三カ月間の平均賃金が、原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

三  被告の主張

1  本件解雇の有効性

原告らはエーコープ店の解散・企業閉鎖に伴い解雇されたものであって、会社に解散の自由がある以上、いかなる理由により解散しようともその解散決議は有効であり、会社が解散した以上従業員を解雇するのは当然であって、本件解雇を無効とする理由はない。

(一) エーコープ店解散の理由

エーコープ店は、昭和五三年九月一八日設立し、食料品・日用品・専売品等の小売販売を行って店舗の経営にあたってきたが、当初の見込ほどには住民消費者が増加せず、売上が頭打ちとなって、昭和五三年度には六四〇万円の損失、昭和五四年度には三〇〇万余円の損失、昭和五五年度には三一万余円の損失、昭和五六年度には一万三三円の利益、昭和五七年度には一三六万余円の損失(見込)をそれぞれ計上し、累計で一一一五万余円の損失となり、当初計画の二年目からの利益発生が得られなかったのはもとより、昭和五六年、昭和五七年と続けて競業店が同一地区内に進出し、さらに一般消費の低迷等不安材料も重なって先行損失累増が避けられない情勢となり、経営の健全化は著しく困難で、むしろ経営を継続することによってかえって損失を増大させる事態となったため、農協関連事業の見直し合理化を提言した被告の経営刷新委員会の報告の趣旨を踏まえ、企業を閉鎖することとしたものである。

右の状況下で解散を決議したエーコープ店の判断は止むを得ない措置として正当であって、非難されるべき点はない。

(二) 原告らは、本件解雇が不当労働行為として無効である旨主張するが、エーコープ店の解散当時の従業員は一三名で、内原告ら三名のみが農協労組に加入していたものであり、わずか三名の従業員が労働組合に加入したからといって、その排除を図るために企業閉鎖することはありえないことである。

そもそも原告らは、エーコープ店設立に伴い同会社の経営する店舗で稼働するために採用されたものであって、従来被告の従業員かつ労組員であったものをエーコープ店に移籍した場合と異なり、原告らが企業から離脱したからといってそれが直ちに被告の農協労組に打撃を与えるとはいえず、しかも農協労組の中核的立場で活発に活動していたとはいえない原告らが解雇されたとしても、それが直ちに農協労組の組織の弱体化に繋がるものともいえないから、本件解雇が組合活動を嫌悪してなされた不当労働行為に当るとは到底いうことはできない。

2  法人格の独立性

法人格が否認されるべき場合として、(一)法人格が全く形骸にすぎない場合、(二)法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合、とがあることは原告ら主張のとおりである。

しかし、本件のエーコープ店については、そのいずれに当るともいうことはできない。

(一) 法人格の形骸性

被告は、エーコープ店の持分三〇口のうち二九口を有し、同店を支配できる関係にはあったが、その支配の程度が同店の法人格を全く形骸化させるほどに強かったものということはできない。すなわち、

(1) エーコープ店は、盛岡市上堂地区土地区画整理事業の施行に伴い、その発展充実のため地域住民の生活利便の一環として生活物資小売店舗の開設を同整理組合から要請されて設立されたもので、その店舗利用者の大半は農協の非組合員であり、またその取り扱い品目は「Aコープ」ブランドも含まれるが、その占める割合は少量にしかすぎず、他の大部分はそれ以外の商品であって、他の被告直営店舗とは異なっていた。

(2) エーコープ店の店長・副店長はそれぞれ被告及び県経済連からの出向人事であるが、その他の従業員は原告らを含めエーコープ店設立を前提としてその前後に採用し、同店経営の店舗においてのみ就労させ、給与、勤務時間等の労働条件は同店独自に定めて人事管理を行い、被告とは特に交流していなかった。

(3) 店舗経営においては、前記整理組合組合長から土地建物を賃借してこれを店舗・駐車場等に供し、独自の預金口座を岩手銀行本店に設けて利用し、営業収支を明確にして毎決算期に貸借対照表を作成し社員総会の承認を受けていた。また右決算承認以外の重要事項についても、社員総会を開催し決議する等法の要求する手続を履践していた。

右の事実に照らせば、エーコープ店が被告農協の単なる一営業部門にすぎずその法人格が全く形骸化していたということはできないことは明らかである。

(二) 法人格の濫用

(1) 背後の実体たる企業が、企業内労組の組合員を排除し組合を弱体化するために別法人を設立して同労組員を転籍し、その後同法人を解散し企業を閉鎖したというのであれば、濫用法人格否認の場合に該当するということができるが、本件においてはそのような事実はなく、前記のように、エーコープ店設立に伴い農協労組とは全く関係のない従業員を採用して雇用したのであって、農協労組の組合活動を嫌悪し、あるいは同労組の組織の分散弱体化を図るために別会社を設立したものではない。

(2) エーコープ店が農業協同組合法による員外利用に対する法的規制を免れるために設立されたとしても、それによって具体的な被害者が生じるわけではなく、そのことから直ちに法人格の濫用に当るとすべきではない。

したがって、エーコープ店は独立の法人格を有するものというべきであって、エーコープ店が被告の形骸にすぎず、あるいは法人格を濫用したものとする原告らの主張は理由がなく、結局原告らが被告との間に労働契約関係を有するとする原告らの主張は排斥されるべきである。

3  本件解雇の承認

(一) エーコープ店は、昭和五七年一二月八日開催の臨時社員総会において、同月三一日をもって会社を解散し、営業全部を他に譲渡する旨決議し、翌九日原告らを含む全従業員に対し、同月末日限り会社解散により解雇する旨通告し、かつ解雇予告手当として平均賃金の七日分、原告中村に対しては五万一七二三円、原告川村に対しては四万四六七四円、原告古関に対しては三万八八九九円をそれぞれ交付したが、後日これを返還されたので、同月一三日盛岡地方法務局に弁済供託した。

(二) 右解雇予告後の同月一三日開かれたエーコープ店と盛岡市農協関連労組共闘会議(以下、単に共闘会議という。)との団体交渉において、原告ら三名をも交えて協議交渉した結果、「エーコープ店及び同会社取締役佐藤作之亟は、誠意をもって原告らを他企業に就職斡旋する」ことを骨子とする確認書が作成され、右確認書に基づき、エーコープ店では同会社の営業譲り受け人である白内商店及び菓子卸問屋関口株式会社を再就職先として原告らに紹介斡旋した。

原告らは、右斡旋を受けて自ら斡旋先企業を訪れて面接を受けたが、労働条件が希望に添わないとして結局就職は拒否した。

(三) 原告らは、昭和五八年一月初め、右就職斡旋の最終結論が出る前に、すでにエーコープ店に対し離職票の交付と退職金の支給とを請求し、離職票は同日交付されて受領し、退職金は同月二九日それぞれエーコープ店算出の額の交付を受けて受領しており、さらに前記解雇予告手当もその後受領している。

そうして、原告中村はすでに他の青果物販売店に就職して給与を得ており、また他の原告らも、職業安定所に求職者として登録し、雇用手当てを受領しているばかりでなく、二、三就職先の紹介を受けて採用試験を受ける等して就職を試みている。

以上一連の経過をみれば、原告らは本件解雇を承認したものというべきであって、解雇の効力を争い、被告はもとよりエーコープ店との雇用関係の存続を主張することはもはや許されないものというべきである。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張3項(一)(二)及び(三)前段は認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

2  被告の主張する解雇の承認とは、被解雇者において解雇の効果を有効と認めて雇用関係の終了を確認する一種の和解契約の成立をさすものと解される。

しかしながら、解雇直後の労働者は経済的にも困窮し、事態の深刻さに周章狼狽しているのが通常であって、熟慮した合理的行動をとるものと考えるのは非現実的である。被解雇者の明示による解雇承認の意思の表明がない限り、それ以外の被解雇者の行為をもって軽軽に解雇の無効を争う意思の放棄と解することの不合理は、その放棄の対象の利益の重大性と被解雇者の不利益の深刻さとを考えるとき自明というべきである。

(一) 原告らの本件解雇に対する基本的な態度は、昭和五七年一一月一九日付「要求書」にあるとおり、「エーコープ店を他に譲渡し閉店する場合は、盛岡市農協にその身分を引き継ぎ、継続雇用すること」という点にあったことは明らかで、原告らがこれを撤回したことはない。

本件解雇に関する団体交渉は、同月二五日から翌五八年一月一〇日まで前後八回にわたり開催されたが、結局合意が得られず、最終の交渉決裂を迎えてその団交の席上、原告らから訴訟提起の意思も表明されているのである。

(二) 右団体交渉の過程において、原告らが、基本的な要求は維持しながらも、代替の妥協案による合意成立の可能性を模索することは、労使の団体交渉においては通例のことであり、前記確認書の作成はかかる妥協的解決の方法による合意の成果にすぎず、その履行が不調に終われば基本に戻って交渉を継続することが当然に予定されているのである。このことは右確認書に「斡旋不調の場合は、その時点で協議する」との斡旋不調の結末を予測した条項が特に設けられていることからもあきらかである。

右確認書が、就職斡旋に言及していることをもって、原告が就職斡旋以外の主張を放棄したと解すべき根拠はありえない。

(三) また原告らが、退職金を受領したことをもって本件解雇を承認したとするのも正当ではない。

特に本件においては、退職金の提供者は解散によって消滅すべき会社であって、原告らが早期に退職金を受領しておかなければその受領さえ不可能となると考えたとしても無理からぬところであって、退職金を受領しただけで、当然に解雇を承認したことになるものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  本件解雇とその事由

エーコープ店が食料品、日曜雑貨等の販売を主たる目的として昭和五三年九月一八日に設立された有限会社であり、原告らがいずれも昭和五七年一二月三一日まで同会社との間に労働契約を締結していた労働者であること、エーコープ店は、昭和五七年一二月八日開催の臨時社員総会において、同月三一日をもって会社を解散し、営業全部を他に譲渡する旨決議し、翌九日原告らに対し、解雇予告手当として平均賃金の七日分、原告中村に対しては五万一七二三円、原告川村に対しては四万四六七四円、原告古関に対しては三万八八九九円をそれぞれ提供して、同月末日限り会社解散により解雇する旨通告したことは当事者間に争いがない。

第二  エーコープ店の設立から解散に至る経緯

(証拠略)によれば、エーコープ店の設立から解散に至る経緯については、次の事実が認められる。

一  被告が農業協同組合法に基づき設立され、組合員三九三一人(正組合員三〇六三人、準組合員八六八人)を擁し、払い込み出資総額四億三二万三〇〇〇円を有する農業協同組合であることは当事者間に争いがないところ、被告は、盛岡市上堂三丁目地区の同組合員である農業者(地権者)らによって昭和四九年に設立された盛岡市上堂土地区画整理組合が、同地区の土地区画整理事業を進めるにあたり、事業資金として約七億円を貸付けるなどしてこれを全面的に援助しており、同事業の進展に伴い、地権者によって提供されたいわゆる保留地あるいは造成された宅地を売却処分することによって右貸付金の回収を行っていた。

上堂三丁目地区は、土地区画整理事業の完成により約一八ヘクタールの面積を有する一大住宅地に変貌を遂げ、世帯数も急速に増加したが、同事業が完成した昭和五三年頃から宅地の売れ行きが鈍化しつつあったため、被告ではその打開策を検討していたところ、同整理組合の理事長細田三右衛門から、同地区住民の生活利便のため生活店舗(スーパーマーケット)を被告経営で開設してもらいたい旨の要望があり、同店舗の開設により生活環境が改善されれば住宅分譲も促進されると考えた被告でも積極的にこれに応じることになった。

二  同理事長からは、被告経営で生活店舗が開設されるのであれば店舗用土地建物を被告に賃貸してもよいとの申し出はあったものの、しかし、被告ではすでに直営の生活店舗六店を有しており、農業協同組合法による資産取得の制限もあって、さらに新たな生活店舗開設のために大規模な土地建物を取得することはできず、他方、右区画整理事業の完成により同地区の住民の大半はすでに被告の組合員資格を有する農業者ではなくなっており、したがって生活店舗を開設してもその利用者の大半は非組合員が占めることになり、同法一〇条によるいわゆる員外利用の制限に触れるおそれもあって、直ちに被告直営の生活店舗を開設することは困難であった。

また、同地区の宅地化の進展に伴い、他のスーパーマーケット等の大規模商店の進出も目立ち、これら同種生活店舗と競業して被告直営の生活店舗を維持経営していくには、従来の直営店舗の運営方式とは異なり、日曜休日営業、営業時間の延長等が必要であると考えられたが、こうした新たな営業方式を採用するには被告従業員で組織される農協労組との交渉が不可欠であり、しかもこれまでの同組合の態度からみてかかる営業方式に賛同を得られる見込が乏しかったことも直営店舗開設が困難と考えられた理由の一つであった。

そこで、被告では、かかる難点を免れるため、被告主導の下に新たな会社を設立し、同会社経営の店舗において生活関連商品を販売することとした。これが有限会社エーコープ店である。

三  エーコープ店経営の生活店舗はその所在地から上堂店と称されていたが、上堂店の事業年度は二月一日から翌年一月三一日までであり、その各年度の収支状況は、次のとおりであった。

初年度(上堂店の開店は昭和五三年八月一〇日であったので、初年度は同日から昭和五四年一月三一日まで)

六四〇万円の損失

二年度(昭和五四年二月一日から昭和五五年一月三一日まで)

三〇〇万余円の損失

三年度(昭和五五年二月一日から昭和五六年一月三一日まで)

三一万余円の損失

四年度(昭和五六年二月一日から昭和五七年一月三一日まで)

一万〇〇三三円の利益

右にみられるように、収支状況の推移は順調であったが、昭和五七年二月一日からの第五年度は同年七月末日の仮決算で損失見込となって、結局累積赤字は約一〇〇〇万円となり、また当時大型スーパーマーケット二店の新たな進出もあって、全体として売上額の頭打ち傾向がみられたため、エーコープ店では同年八月末ころから上堂店の譲渡・会社解散の方向で検討を開始していた。

四  エーコープ店で上堂店の譲渡を検討していることを伝え聞いた他のスーパー業者数社から同店買い受けの打診を受けたエーコープ店では、各申し込み業者と交渉の結果、同年一一月頃には譲渡先を白内商店一社にしぼり具体的な折衝に入っていた。

当時、同年一〇月七日開催された全国農協大会で、事業別採算性を基調とした経営改善を図ることを目的として購買事業・生活関連事業の見直しを提言した「系統農協経営刷新強化方策」が採択され、これを受ける形で被告内に設けられた経営刷新委員会の中間答申が同年一一月二五日に出されたが、その中でエーコープ店につき、被告からの同店に対する運転資金としての投資が二五〇〇万円に及んでいることを指摘したうえ、その投資効果、事業の見通し等を勘案して、早急な対応を講じるべきであるとされていたこともあって、急速に上堂店譲渡の話が進展し、同年一二月八日には、前記のようにエーコープ店の臨時社員総会で会社解散・上堂店譲渡の決議がなされるに至った。

以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

第三  原告らは、エーコープ店の解散を理由とする本件解雇は原告らの組合加入を嫌悪してなしたものであって不当労働行為として無効である旨主張するので、以下に検討する。

一  原告らの組合活動

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(1)  昭和五七年三月当時、エーコープ店の従業員は店長太田英春、副店長格中塚昭美の他原告ら三名と佐倉正夫のみで、あとは臨時社員とパートタイマーだけであったが、原告らと佐倉正夫の四名は残業手当の不支給、日曜出勤等の問題を契機に、同月五日被告従業員で組織する農協労組盛岡市農協分会(以下、単に盛岡市分会という。)に加入した。

そして、同月一六日原告ら四名は、盛岡市分会の一員として農協労組とともに、エーコープ店に対し賃金の引き上げ、日曜休日制等を求める要求書を提出したところ、エーコープ店では同要求事項は盛岡市分会に回答すべき事柄ではないとしてこれを拒否した。

そこで、原告ら四名は、同月五日の組合加入の日をもって農協労組上堂店分会を結成したものとして、翌四月六日エーコープ店に対し、農協労組への加入と上堂店分会の結成を通告し、同時に上堂店分会と盛岡市分会とで盛岡市農協関連労組共闘会議(以下、単に共闘会議という。)を結成し、今後は両分会で協力して団体交渉に臨むこととした。

(2)  右結成通告後の四月七日、農協労組ではエーコープ店に対し、改めて三月一六日の要求と同一の要求事項を掲げた要求書を提出し、以後団体交渉を重ねた結果、同年六月一四日エーコープ店と上堂店分会との間で交渉が妥結し、同年二月一日から完全実施されていた年中無休制については年始四日間と年間四日間を休日(有給)とし、他に毎月一回日曜日を休日(有給)とすることとし、賃金引き上げについては同年二月一日に遡って実施することが取り決められ、他にパートタイマーについても年間六日間を休日(有給)とすること、残業手当ての足切りは行わないこと等が協定された。

(3)  上堂店分会の結成に対し、エーコープ店では、右結成の正式通告以前に、同年三月六日午前中行われた盛岡市分会と被告との団体交渉の席上、組合側から原告ら四名の組合加入に伴うチェックオフの依頼があったことから、原告らの組合加入の事実をすでに知っていたが、これを知らされたエーコープ店店長太田は、同日午後加入したばかりの組合員原告中村、原告古関の両名を呼びだし、「なぜ組合に入ったのか」「お前達は上堂店を潰す気か」「組合を脱退できないか」などと詰問し、さらに同日夜上堂店分会の組合員四名全員を集めて、再び「組合を脱退できないか」「お前達が脱退届けを書けないのなら、代わって書いてやる」「お前達が組合に入ると上堂店を継続していくことは難しい」などと強く組合からの脱退を迫り、それでもなお同人らが組合を脱退しないと知ると、同年四月一日付をもって佐倉正夫に対し副店長の辞令を発令して、同人を同月七日で組合を脱退させてその弱体化を図ったほか、従来の労働慣行を次々と無視し、今後は残業手当てはつけられない、休み時間の外出や時間オーバーは認めない、などとして反組合的態度を露に示していた。

(4)  こうしたエーコープ店側の対応に対し、上堂店分会では農協労組、盛岡市分会とともに団体交渉を申し入れ、同年四月八日開かれた団体交渉の席上、エーコープ店の代表取締役越場忠及び太田店長を追求したところ、両名は右事実関係はほぼこれを認めて謝罪し、その旨文書を提出することを約した。

ところが、四月一二日開かれた団体交渉では、両名は事実関係は認めつつもこれは不当労働行為には当らないとして文書の提出を拒否したため、さらに同月一六日、二八日、五月一一日と団体交渉を重ねたが、結局物別れに終わり、ついに農協労組では、五月一八日岩手県地方労働委員会に対し、エーコープ店を被申立人として不当労働行為救済の申し立てを行った。

右申し立ての結果、エーコープ店側が今後不当労働行為と疑われる行為は一切しないことを確約して、同年八月四日農協労組とエーコープ店との間に和解が成立した。

(5)  右不当労働行為救済の申し立てに至る間にも、前記超過勤務手当不払いの問題について上堂店分会とエーコープ店との間に交渉が続けられており、交渉の過程の中で、エーコープ店側から各組合員別の未払い超過勤務手当額まで示されていたが、同店側では右手当額を支払う意思がなく、右和解成立後同問題を改めて団体交渉において取り上げて交渉してもその態度は変わらず、さらに組合から労働基準監督署に対し調査勧告の申し立てを行っても依然支払おうとしないため、やむなく組合側では右支払いがなされるまで残業拒否の方針を採ることにしたところ、エーコープ店では正規の勤務時間のみ働けばよいとしてあえて対応策をとらず、以後前記第二の三で認定のように、上堂店譲渡・会社解散の方向で経営が行われていった。

以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

ところで、(証拠略)によれば、エーコープ店の太田店長は被告の、中塚副店長は岩手県経済連の各職員であって、いずれも在籍出向の形でエーコープ店に勤務し、給与もそれぞれ出向元の被告あるいは県経済連から支給されていたものであるが、特に太田店長は、エーコープ店の取締役等の役員ではないものの、日常の販売・経理・人事管理等業務全般を統轄遂行していたことが認められるのであるから、エーコープ店においては、具体的な政策・経営方針は同店長を通じて実現されていたものというべきであって、いわゆる「職制」としてのその地位からみて、同人の行為は特別の事情のない限り、労働組合法七条にいう「使用者」の行為に当るものと解するのが相当である。

しかして、右認定の事実関係によれば、太田店長は、原告らが農協労組に加入し上堂店分会を結成した直後から、その地位を利用して、原告らに対し組合脱退を強く迫り、さらに従来の労働慣行の否定あるいは改変をもって原告らの組合活動への規制を狙うなど、原告らが労働組合へ加入することを嫌悪し、その活動に介入して、上堂店分会の解体ないしは弱体化を図っていたことは明白であり、右一連の行為がエーコープ店による原告らの団結権に対する侵害として不当労働行為に当ることは明らかというべきである。

二  会社解散における不当労働行為意思

一方被告は、エーコープ店の解散は、累積赤字の増大による経営状態の悪化が原因であって、上堂店分会の解体を狙った不当労働行為ではないと主張し、解散の原因として、当初の見込みほどには区域住民が増加せず、当初計画の二年目からの利益計上ができなかったこと、同一地域内への競業店の進出により売上げの減少傾向がみられ、昭和五七年度も損失計上の見込みとなって先行損失累増が避けられない情勢になったことを挙げている。

1  しかし、エーコープ店の収支状況をみると、設立時の昭和五三年から昭和五六年度までの累積赤字額が約九七〇万円に達していたことは前記認定のとおりであるが、内容的には各年度ごとに赤字幅は減少し、第四年度には黒字に転じているように、経営状態の悪化というよりはむしろ順調な推移といえるのであって、これが直ちに会社解散の原因となったものとは認められない。すなわち、

(一) 前掲越場証人は、エーコープ店では設立当初の経営見通しとして第二年度からの黒字転換を予定していた旨供述しているが、前掲矢幅健一の証言及び被告代表者本人尋問の結果によれば、エーコープ店の初代代表取締役佐藤作之亟は、第一・二年度は赤字は止むを得ず、第三年度に収支が償え、第四年度で黒字に転換すればよいとの見通しであったこと、被告の専務理事であり、かつエーコープ店の取締役でもあった藤村徳兵衛もまた五年間程度は赤字決算も止むを得ないとの見通しを抱いていたことが認められるのであって、これに照らし、右越場証言は措信し難いというほかない。

エーコープ店が会社解散を検討し始めたのは、前記認定のように、昭和五七年八月末頃のことであって、仮に右越場証言のいうとおり、同店の収支状況が当初の見込みに反したとしても、それが明らかとなってすでに二年半が経過し、かつ収支決算が黒字に転じた後のことであり、その間は会社解散について検討された形跡が全くないことからみても、当初見込との相違が同店解散の直接の原因であったとは認め難いといわなければならない。

(二) (証拠略)によれば、エーコープ店の昭和五七年二月一日から解散時の同年一二月三一日までの収支決算は一三六万余円の損失となり、結局同店の設立から解散までの損失累計は約一一一六万円に達していたこと、昭和五六年頃から同一地域内に同種生活店舗が進出し、あるいは周辺区域に大型スーパーマーケットが進出するなどの競争激化と一般的な消費傾向の鈍化から、上堂店の売上額に頭打ち傾向がみられたことが認められ、エーコープ店経営の前途も決して楽観できる状況ではなかったことは明らかである。

しかし、右各証拠によれば、上堂地区土地区画整理事業認可後の昭和五〇年から同事業完成後の昭和五五年までの間に上堂三丁目地区の世帯数は三倍以上の四八〇戸に増加し、周辺地区をも含めればかなりの人口が増加していること、そのため上堂店開設後も売上額は順調に増大し、前記のとおり、初年度は半年間で六四〇万円の損失であったものが、第二年度には一年間に三〇〇万余円の損失と赤字幅は約四分の一に縮少し、さらに第三年度には三一万余円の損失となって前年度比で約一〇分の一に赤字幅が減少し、ついに第四年度で、売上額自体は伸び悩んだとはいえ、少額の利益計上をするまでに至っていること、第四年度の黒字決算は、売上高の増大よりもむしろ酒など専売品販売の導入と経費削減等の合理化によってもたらされたものであること、さらに第五年度も引続き利益計上をめざして、昭和五七年二月一日から完全な年中無休制の実施と、あわせて早出といわれる事実上の勤務時間の延長、残業手当のいわゆる足切りなどの経費削減策等を継続実施していたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

以上の各事実によれば、エーコープ店は設立以来確実に実績を積み重ねてきており、昭和五七年度も新たな施策による経営努力によって収支の改善を図ろうとしていたのであって、一般的な景気の悪化、消費傾向の鈍化、競業店の進出等による経営環境の厳しさにもかかわらず、会社解散・営業譲渡などを検討していなかったことは明らかである。

(三) しかるに、エーコープ店で昭和五七年度に向けて新たな施策を講じた矢先の同年三月五日、原告らにより上堂店分会が結成され、しかも出向社員である店長・副店長を除くエーコープ店の従業員全員がこれに参加し、その最初の要求項目に日曜休日制の実施、残業手当の足切り反対を掲げて交渉を要求したことは、前記第三の一(1)(2)で認定したとおりであり、その結果、同年六月一四日エーコープ店と上堂店分会との間で、年間二〇日間の有給休暇が復活され、残業手当の足切りは行わない旨の協定が締結されたことも同(2)で認定のとおりである。

こうして、エーコープ店が経営強化の中心施策として打ち出した方策が組合の反対で実施できなくなり、これをめぐって生じた不当労働行為問題も会社側が非を認める形で結着した直後から、会社解散・上堂店譲渡の方針が検討され始めたものである。

(四) また、エーコープ店の昭和五七年度の収支決算が一三六万余円の損失であったことは前記のとおりであるが、これは解散時の決算結果であって、会社が解散を検討するに当っての判断基礎になり得べきものではなく、また前記第三の一(5)に認定したように、不当労働行為問題解決後も超過勤務手当不支給問題をめぐる労使間の交渉が難航し、会社側の不払いの姿勢に対応して組合側でも残業拒否の態度に出るなど正常な会社運営の体制がとられておらず、しかも(証拠略)によれば、会社側では解散の方向が検討され始めて以来、将来の営業譲渡・会社清算を見越して、売上げ拡大のための営業努力を尽すよりもむしろ在庫商品の整理の方向に努力が傾けられていたことが認められるのであって、経営努力を尽してもなお損失計上が避けられない営業状態にあったとは到底認められないから、昭和五七年度の決算結果をもって、会社解散も止むを得ないほどの経営事情にあったことを推認すべき資料とするのは相当でない。

むしろ、会社清算時の営業報告書(甲第八号証)によれば、昭和五七年度も年中無休制の実施により一時売上げが増大したことが指摘されているのであるから、上堂店分会の結成及びこれによる年中無休制への反対闘争がなければ、従来通り営業実績の順調な拡大が可能であったとも推認し得るのである。

(五) さらに(証拠略)によれば、被告の直営六店舗の収支状況もかなり厳しく、とくに天昌寺店、下太田店は昭和五三年から昭和五七年まで毎年赤字決算が続き、損失累計は昭和五七年度末でそれぞれ二四五五万余円、二一六〇万余円に達していること、繋店も増減を繰り返し同期間の収支累計で二五万余円の損失となっていること、しかし店舗閉鎖が具体的に検討されたことはないことが認められるのであって、結局エーコープ店の解散は単に赤字幅の大きさだけによるものではなかったというべきである。

2  以上認定の諸事実から明らかなように、エーコープ店の解散は、形式上経済的破綻を理由としてはいるものの、その実質は従業員、特に上堂店分会の組合員らの協力が得られないための経営上の困難と経営意欲の喪失とをいうにすぎず、同店の経営方針に対する同組合員らの協力が得られるならば容易に克服できる困難というべきであるから、解散の根底にある真の理由は同店の経営施策にとって障害となる上堂店分会の排除解体を目的としたものであったということができる。

要するに、以上の事実に前記第三の一の事実を合せ考えると、本件の会社解散及びそれに基づく原告らの解雇の背景には、上堂店分会の解体を目的とした不当労働行為意思が働いていたものとみるのが相当である。

三  不当労働行為による会社解散と解雇の効力

1  (証拠略)によれば、エーコープ店は、前記解散決議の後、昭和五七年一二月三一日をもって正社員・臨時社員・パートタイマーを含む全従業員を解雇し、上堂店の営業は白内商店に譲渡して昭和五八年一月四日同店舗の引渡しを終え、同月五日解散登記を了したこと、清算人には元代表取締役越場忠が選任され、会社資産の売却、累積欠損金の清算を終えた後、同年三月二五日に行われた清算結了の報告とその承認によって清算手続は終了し、会社は消滅したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  ところで、会社が真実解散した場合には、法律上その法人格が消滅するのみでなく、経済的にもその財産的基礎が消失することは明らかである。したがって、不当労働行為の故をもって会社解散決議並びに解散を理由とする解雇を無効と宣言しても、会社の財産的基礎が現実に回復されるわけではなく、労働者に対し団結権侵害に対する現実的な救済が直ちにもたらされるわけでもない。

しかしながら、その故に不当労働行為意思に基づく会社解散決議並びに解散を理由とする解雇は常に有効であると解するのは相当でない。企業存続中であれば特定の労働者に対する不当労働行為に基づく解雇も無効として許されないのに、同じ不当労働行為意思に基づく解雇でありながら、全労働者を対象とする企業解散の場合には一転して適法・有効となるというのは極めて倒錯した理論というほかないからである。

このことは、現代における営業の自由と団結権との関係からみても明らかというべきである。すなわち、営業の自由が憲法二二条に規定された経済的自由権たる職業選択の自由の一環として、その中に企業主による企業廃止の自由をも包含していることはいうまでもないが、他方憲法は、二五条において国民全体に生存権を保障すると同時に、二八条において特に労働者に対し生存権的基本権としての団結権を保障し、その侵害に対しては法律に不当労働行為制度を設けて具体的な救済方法を講じているのであって、その権利の歴史的性格の相違や、資本主義社会において経済的弱者であるが故にともすれば劣悪な生活条件下におとしめられる危険性の常にある労働者に対し、団結権を保障して使用者に対する実質的対等の関係を確保し、自らの力によってその経済的地位の維持向上を図らしめようとするその規定の趣旨、さらには労働者は使用者との一定の労働契約関係の下にあってはじめてその生活が維持保障されるのであって、労働契約の存続が労働者の生存権、労働基本権保障の現実的基礎であること等に鑑みれば、企業主による企業廃止も全く自由かつ無制限なものではあり得ず、廃止するか否かの経営裁量も、労働者の生存権確保の要請に基づく一定の合理的制約に服するものと解するのが相当であるからである。憲法二二条に規定する職業選択の自由に対する制約原理としての「公共の福祉」には、外在的制約のみでなく、右に述べた意味での内在的制約すなわち営業廃止という広義の経営権行使に対する制約をも含むものと解すべきである。

したがって、企業の維持存続が可能であるのに労働組合の壊滅を図るために企業を解散し、解散を理由として労働者を解雇するのは、団結権の侵害として不当労働行為に該当し、その解散及び解雇は、経営裁量の合理的な範囲を逸脱し正当な理由を欠くものとして、特別の例外的事情が存しない限り、無効というべきである。

もとより、かかる解散は、当該労働者に対する関係においてのみ無効であって、対世的効力を有するものではない。しかし、相対的とはいえ、解散が無効と宣言された以上、企業主は当該企業を再開し、あるいは労働者に対しそれに匹敵する雇用の場を確保すべき義務を負うと解すべきであり、かかる義務が履行されない場合には企業主個人の責任が生ずる余地もありうると考えられる。

本件についてこれをみるに、エーコープ店は、累積損失額は一〇〇〇万円を超えていたとはいえ、その営業収支は年々好転し、第四年度には黒字決算に転じているのであって、被告直営他店舗の収支状況と比較しても、エーコープ店が経済的破綻に瀕し企業としての存続が不可能であったとは到底認められず、前記のとおり、年中無休制の実施、超過勤務手当不支給について原告ら所属の上堂店分会の協力を得られなかったがための経営上の困難と経営意欲の喪失とを直接の理由として会社解散に及んだものというべきであって、他に解散も止むを得ないとすべき事情も認められないから、かかる解散及び解雇は不当労働行為に該当し、経営裁量の合理的な範囲を逸脱し、かつ正当な理由を欠くものとして無効といわなければならない。

第四  被告とエーコープ店との関係

エーコープ店設立の経緯はすでに認定した(第二の一、二)とおりであるが、原告らは、エーコープ店の法人格は全くの形骸にすぎず、かつ濫用目的で設立されたものとして否認されるべきである旨主張するので、以下この点につき検討する。

一  エーコープ店は定款により、出資一口の金額は一万円、資本の総額は三〇万円と定められ、これを社員三〇人が各一口ずつ出資して設立されたものであること、設立当初の社員三〇人のうち、定款六条に掲記の佐藤作之亟以下越場忠までの二〇名は全員被告の当時の理事であり、それ以下に掲記の者もいずれも被告の当時の監事・参事及び総務・金融・業務・生活各部長であって、代表取締役には被告の組合長である佐藤作之亟が就任したこと、昭和五四年三月二六日エーコープ店の持分のうち二九口を被告が取得し、残る一口を当時被告の専務理事で組合長に次ぐ地位にあった藤村徳兵衛が保持することになったが、昭和五七年三月被告の専務理事が右藤村から越場忠に交代になったのに伴い、藤村の持分一口は越場に譲渡されたこと、昭和五四年五月七日以降、エーコープ店の本店所在地が被告の主たる事務所の所在地と同一であったこと、エーコープ店従業員の給与計算は被告の担当課が行っており、また同店の売上金は被告が直接回収し、運転資金も被告が支出していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  (証拠略)を総合すると、被告とエーコープ店との関係につき、以下のような事実が認められる。すなわち、

1  エーコープ店の設立準備は、被告本所生活部が中心となって担当したが、同店独自の資産は資本金三〇万円以外にはなく、設立費用も一五万円以内とされ、他からの借入金もないため、同店の唯一の事業である上堂店の開設についても、店舗用の建物敷地はいずれも被告が細田三右衛門から賃借したものを無償で使用し(賃料は被告が支払)、当初の商品仕入費用・什器備品購入費用・その後の運転資金等すべて被告が支出してこれを行った。

なお、エーコープ店の設立登記は昭和五三年九月一八日であるが、上堂店はそれに先立つ同年八月一〇日事実上被告の直営店舗として開店されて営業を開始していた。

2  上堂店の取扱商品は、農協あるいは農協系列店舗においてのみ取扱うことのできる「Aコープ」マーク商品(全農ブランド商品)が主体であったが、上堂店では「Aコープ」マーク商品はすべて被告から仕入れ、一応注文書を被告に提出する形をとってはいたが、上堂店から被告に代金が支払われることはなく、清算は被告が保管する上堂店の売上金の中から被告の責任においてなされていた。

その他の商品についても同様で、上堂店が独自に仕入注文を出すことはなく、すべて被告を通じて購入され、商品が上堂店に直送されることはあっても、その代金決済はすべて被告が行っていた。

3  エーコープ店の従業員は、設立当時、店長・副店長各一名の他正社員六名であったが、うち管理職二名は前記のように被告及び県経済連からの出向職員であり、残る従業員は、それぞれ精肉・魚類・青果・一般食品の各販売部門を担当する男子社員四名とレジスター担当の女子社員二名とに分れていたにすぎず、本店は被告の本所事務所と同一の場所におかれていたものの、業務担当社員はおらず、結局エーコープ店の総務・管理・労務部門は実質的に被告が担当していて、同店独自の業務といえるのは販売部門のみであった。

また、エーコープ店の従業員は、副店長を除き、全員被告の職員として職員コードに登録されており、そのため、前記のようにエーコープ店従業員の給与支払事務は直接被告が担当していた。福利厚生の面でも被告の職員とエーコープ店の従業員とは全く同一に取扱われていた。

さらに、上堂店の毎日の売上金も被告が巡回車によって直接これを回収管理し、店舗の維持管理費用もすべて被告が負担していた。上堂店の宣伝広告等もすべて被告が他の被告直営店舗と同様に行っていた。したがって、エーコープ店は、独自の当座預金口座はもとより通常の経営取引に必要な預金口座も有しておらず、またその必要もなかった。

4  エーコープ店と被告との役員重複の実情は前記のとおりであるが、エーコープ店では形式上社員総会・取締役会を開催した形をとってはいるものの、同店の経営方針が実質的にそこで決定されることはなく、すべて被告の理事会あるいはその業務遂行部門である生活部において決定されていた。そのため、エーコープ店の収支決算は被告の最高議決機関である組合員総会で他の被告直営店舗と同様に報告されていた。また、昭和五七年三月エーコープ店の代表取締役が佐藤作之亟から越場忠に代ったが、右代表者の交代も、事前に越場忠本人の意向を確かめ了解を得ることもなく、被告理事会で交代を決定した後初めて本人に知らされる有様であった。そして、被告役員に交代があればそれに伴い当然にエーコープ店の役員も交代し、常にその役員が一致するよう計られていた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  ところで、形式上独立の法人格を有する団体であっても、<1>その法人格が全くの形骸にすぎない場合、または<2>それが法律の適用を回避するために濫用される場合においては、法人格付与の法目的に反するものとして、その法人格を否認し、特定の法律関係につき具体的妥当な救済を図ることが許されるものと解されるが、この法理は、ひとり商取引の分野に限らず、本件のように実質的支配・従属の関係にある法人間の労働契約関係についても適用しうるものと解すべきである。

そして、両法人間の資本の保有関係、役員の兼任、人的構成及び物的施設・資産の共有性、経理・帳簿の混同、経営方針・人事管理等運営の実質的決定権の所在、その他の事情に照らし、両法人が組織的経済的に単一体を構成し、支配法人の従属法人に対する管理支配が現実的統一的で、社会的にも企業活動に同一性が認められる場合には、従属法人は支配法人の一営業部門にすぎないというべく、したがって従属法人の法人格は全くの形骸として否認するのが相当と解される。

本件についてこれをみるに、エーコープ店は、被告がその持分三〇口のうち二九口を有し、残る一口も法定の解散事由に該当することを避けるために被告の役員に保有させているにすぎないと推認され、実質的には被告が全持分を有する一人会社に他ならず、その役員はすべて被告の役員で占められ、被告の役員が交代すればそれに伴いエーコープ店の役員も交代するなど、役員構成は全く被告の意のままであり、またエーコープ店の運営は、方針の策定・人事管理を含め、すべて被告の理事会あるいはその業務遂行部門である生活部で決められ、被告職員でかつエーコープ店の日常業務の統轄者である店長を通じて実施されるなど、資本保有、役員人事、企業活動の面で被告の地位は支配的であり、しかもエーコープ店は独自の資産を有さず、独立した銀行取引口座もなく、店舗は被告が賃借した施設を使用し、運転資金もすべて被告からの出資に頼り、そのためエーコープ店の売上金の回収管理、取引先との代金決済はもとより従業員の給与支払さえ被告が直接これを行うなど、同店の経理・帳簿はすべて被告が掌握し、その他同店の総務・管理・人事等主要な業務は被告が直接これを行い、同店が現実に担っていた業務は販売のみであって、その組織・財政・業務は被告のそれと相俟ってはじめて全一体となるものといえ、以上の点及び上堂店での取扱商品、被告直営店舗と同一の宣伝活動などの点において、両者は社会的にも同一体を構成していたものと認められ、結局エーコープ店の実体は、被告直営の生活店舗と同様、被告の単なる一営業部門として販売業務を担当していたにすぎず、その法人格は全く形骸化したものと認めるのが相当である。

したがって、エーコープ店がいわゆる濫用法人格に当るか否かについて判断するまでもなく、すでにその法人格は否認すべきであり、結局エーコープ店の解散及び本件解雇が不当労働行為意思に基づくものとして無効とされる以上、同店が原告らに対して負うべき労働契約上の義務は、被告がこれを負担しなければならない。

第五  原告らと被告との直接の労働契約関係

原告らは、労働契約締結の経緯からみて被告と直接の労働契約関係が存在する旨主張するが、原告古関についてはこれを認めるに足りる証拠はなく、またその余の原告らについても同様である。すなわち、

原告川村本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告川村は、エーコープ店の社員募集と断ることなく被告生活部長によって行われた職員採用面接試験を受け、エーコープ店設立以前の昭和五三年八月三日から被告直営店舗の本宮店で勤務し、次いで同月九日から開店準備中の上堂店で勤務し、以後同月一〇日の開店やその後のエーコープ店設立によってもなんら雇用関係に変更のないまま同店での勤務を続けていたこと、原告中村も同様上堂店開店と同時に採用され、青果担当社員として以後エーコープ店設立によってもなんら雇用関係に変動のないまま継続して勤務していたことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はないところ、右事実によれば、右原告両名は被告の職員として直接雇用されたと認めうる余地はあるけれども、一方、設立準備中のエーコープ店によって雇用されたとみる余地をも全く否定し去ることはできないから、右事実によって直ちに被告との直接の労働契約の存在を認定することはできないというべきだからである。

第六  本件解雇の承認

一  エーコープ店の解散・営業譲渡の決議がなされた翌日の昭和五七年一二月九日、原告らに対し、被告主張の解雇予告手当が提供され、原告らはこれを一旦は返還したものの、後日これを全額受領したこと、解雇予告後の同月一三日に開催されたエーコープ店と共闘会議との団体交渉において、「原告らを他企業に就職斡旋する」ことを骨子とする確認書が作成され、これに基づきエーコープ店が上堂店の営業譲受人である白内商店及び菓子卸問屋関口株式会社を原告らに紹介斡旋し、原告らも右二社を訪れて再就職を試みたこと、原告らは、昭和五八年一月初め、エーコープ店に対して離職票の交付と退職金の支給を請求し、離職票は即日、退職金は同月二九日にそれぞれ受領したことは当事者間に争いがない。

二  次に(証拠略)によれば、会社解散・本件解雇に至る労使の交渉の経過及び本件解雇予告後の原告らの対応につき、以下のような事実が認められる。すなわち、

1  共闘会議及び上堂店分会は、エーコープ店の閉鎖もしくは譲渡の噂を耳にしたことから、昭和五七年一一月一五日連名で同店に対し、右閉鎖等の具体化の有無を問い糾したところ、同月一八日付で会社側から、「正式決定は経ていないが、営業譲渡・会社解散の方向で検討中」との回答が寄せられたため、翌一九日改めて連名で要求書を提出し、「(イ)会社が店舗閉鎖の時期を確定する場合には、事前に共闘会議及び上堂店分会と協議合意すること(ロ)現に会社に雇用されている職員についてはあくまでもその身分を保証し、営業を他に譲渡し閉店する場合には、被告にその身分を引継ぎ継続雇用すること」を基本要求として要求した。

2  これに対し、会社からは、同月二四日、「営業譲渡の時期については判明次第事前に通知する。被告職員としての継続雇用は農協事業の内容と併せて検討すべきもので即答できない」旨の回答がなされた。

3  右要求をめぐって、同月二五日団体交渉が開かれ、席上組合側から改めて被告職員としての継続雇用の要求が出されたのに対し、会社側では被告の理事会に諮ってみる旨回答し、翌二六日の被告理事会において、現実にエーコープ店代表取締役の越場忠が組合側の要求を諮ったが、結局理事会でこれを拒否され、続く一二月三日の団体交渉で重ねて継続雇用の要求が出されたのに対しても、最終的に拒否がなされて、同月九日の前記解雇予告に至った。

4  右解雇予告後の一二月一三日に開催された団体交渉においては、会社側から越場社長、佐藤作之亟取締役、太田店長が出席し、組合側から後藤忠則共闘会議議長の他原告ら三名が出席して交渉したが、その結果、組合側では原告らの納得できる再就職先があれば受入れてもよいとして、「(イ)労働条件の極端に悪い就職先には斡旋しない(ロ)斡旋が不調に終った場合にはその時点で協議する(ハ)取締役佐藤作之亟も誠意をもって就職を斡旋する」などを協定した確認書を作成し、以後の交渉は再就職の斡旋をめぐっての協議に移ることになった。

4  右確認書による合意に基づき、前記のように、白内商店及び関口株式会社が再就職先として紹介斡旋されたが、いずれもその労働条件あるいは将来性が原告らの納得するところとならず、会社側の働きかけによって改めて両社から改善された労働条件の提示もなされたが、やはり原告らの翻意を得られず、結局両社への就職は拒否された。

しかるところ、エーコープ店側では、右確認書にいう就職斡旋についてはすでに誠意を尽したとし、極端に悪い就職先ではなかったにもかかわらず、これを拒否したのは原告らが自ら再就職の機会を放棄したものとして、昭和五八年一月一〇日の団体交渉において就職斡旋の打切りを宣した。

5  原告らは、その間前記のように離職票の交付を受けると直ちに職業安定所に求職者として登録し、就職先の紹介を受けると共に失業給付も受領した。

以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

三  被告は、右一連の経過をもって原告らは本件解雇を承認したものというべきであって、もはや右解雇の効力を争うことは許されない旨主張する。

しかしながら、一般に解雇は労働者を労働の場から排除し、その生活の基盤を一方的に剥奪するものであるから、その承認があったというためには、被解雇者の具体的かつ明示の意思表示がなされるか、あるいは被解雇者がすでに他に職を得て復職の意思を放棄したなど、被解雇者の行為を客観的・合理的に解釈して解雇の効力を争う意思を自ら放棄したと認められる場合に限られるものと解すべきである。

本件についてこれをみるに、エーコープ店解散の方向が明確になって以後の原告らの要求の基本は、エーコープ店従業員の身分は被告がこれを引継ぎ、被告職員として継続して雇用せよというものであったことは明らかで、現実に会社の社員総会で解散決議がなされたという状況下で、次善の策として再就職斡旋の申入れを受け入れたとしても、本件のように法人格否認という複雑な法律問題を含む事案においては止むを得ない事情があったというべく、かといって右基本的要求を撤回したものでないことは前記確認書に斡旋不調の場合の再協議条項が記載されていることからも優に推認されるところであって、右斡旋の受入れをもって本件解雇の効力を争う意思の放棄とみることはできない。

また、原告らが、解雇予告手当及び退職金を受領し、あわせて離職票の交付を受けて他に再就職を試みたことから、直ちに本件解雇を承認したとみるのも相当ではない。すなわち、

前掲越場、同後藤の各証言及び原告川村本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告らは本件解散・解雇によって突然その生活の基盤を奪われ、被告への継続雇用を強く求めたにもかかわらずこれも拒否され、所属組合からの万全の生活支援も期待できず、現今の経済情勢では再就職も思うにまかせぬまま、各家庭でそれぞれ家族を抱えて生活の困窮が必至という事態を迎え、他方、清算手続の結了を急ぐ会社側の要請と、会社消滅による退職金不受領を畏れる原告側の事情とが相俟って、結局解雇予告手当及び退職金を受領するに至ったこと、同様に生活の困難を一時的に回避する目的で離職票の交付請求並びに失業給付の受領が行われたことが認められるのであって、右事実によれば、退職金等の受領は、解雇という突然の事態を迎え困惑した状態の下で、今後の生活の維持のため止むなくなしたものというべきであって、このことの故をもって原告らが本件解雇の効力を争う意思を放棄したものと認めるのは相当でない。

第七  以上検討のとおり、エーコープ店の解散並びにこれを理由として原告らに対してなされた解雇は不当労働行為として無効というべく、同店が負うべき労働契約上の義務は法人格否認の法理によって被告がこれを負うべきであるから、原告らは依然被告との間に労働契約上の権利を有する地位にあると認められるところ、原告らの本件解雇前三か月間の平均賃金月額は、原告中村が一七万七三四二円、原告古関が一三万一五二〇三円、原告川村が一五万八四二一円であったことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、その支給日は毎月二一日であり、本件解雇によって被告は昭和五八年一月以降原告らに対する賃金の支給を拒否していることが認められるから、被告は原告らに対し、昭和五八年一月以降毎月二一日限り、各金員を支払うべき義務があるといわなければならない。

よって、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小原卓雄)

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